天平の甍 (新潮文庫)のレビュー
最近、命、かけてますか。
私たちは「命を大切にしろ」って、教わる。
でも、「命を大切に使え」とは言われない。
昔と違って、交通手段が発達してるし、
知りたいことはネットですぐ調べられるようになった。
「天平の甍」に描かれた時代では違う。
何をするにも命がけでデンジャラス。
途方もない年月努力しても、一瞬で失われる不条理が横行してる。
もしかしたら「その時代の人はお気の毒」って思う人もいるかもしれない。
でも、命を懸けなきゃ何かを得られない分、
極めて精密に自分が求めていることに焦点を合わせられる。
(ある意味、道を究めるにはいい時代だったのかも?)
現代人とは、貪欲の度合いもちがう。
命を粗末にしようとは思わない。
でも、自分の信じていることにどれくらい真剣になれるか。
本当に覚悟はあるか。
…高校時代、この本を読んで心に叩きつけられたのはその問いだった気がする。
自分のやりたいことが揺らぎやすい現代、
自分を叱咤する意味も込めて、ずっと読み返したい本の一冊です。
でも、「命を大切に使え」とは言われない。
昔と違って、交通手段が発達してるし、
知りたいことはネットですぐ調べられるようになった。
「天平の甍」に描かれた時代では違う。
何をするにも命がけでデンジャラス。
途方もない年月努力しても、一瞬で失われる不条理が横行してる。
もしかしたら「その時代の人はお気の毒」って思う人もいるかもしれない。
でも、命を懸けなきゃ何かを得られない分、
極めて精密に自分が求めていることに焦点を合わせられる。
(ある意味、道を究めるにはいい時代だったのかも?)
現代人とは、貪欲の度合いもちがう。
命を粗末にしようとは思わない。
でも、自分の信じていることにどれくらい真剣になれるか。
本当に覚悟はあるか。
…高校時代、この本を読んで心に叩きつけられたのはその問いだった気がする。
自分のやりたいことが揺らぎやすい現代、
自分を叱咤する意味も込めて、ずっと読み返したい本の一冊です。
敢えて恬淡と歴史を描く
ずいぶん昔からいつかは読みたいと思っていた小説です。我が国から初めて遣唐使が遣わされたのは630年のこと。最終は894年に第20次の使節が遣わされている。第20次と書いたが遣唐使の数え方には12回説、14回説、15回説、16回説、18回説、20回説と諸説がある。これは中止となった遣唐使や、送唐客使(唐からの使いを送り返すための遣唐使)などを回数に数えるかどうかで変わってくるかららしい。20回説は一番広範に回数を捉えた数え方ということになる。そして本書『天平の甍』に描かれた遣唐使は733年(天平5年)の多治比広成を大使・中臣名代を副使とする第10次遣唐使である。本書ではこの船で唐に渡った4人の留学僧、普照、栄叡、戒融、玄朗を主要な登場人物として、そのうちの普照が唯一人20年近く後に高僧鑒真を伴って帰国するまでを描いている。この4人の留学僧は後世にさほどの名を残すことの無かった謂わば無名の僧ではあるが、それぞれの考え方によってその後どのような生き方をたどったかがずいぶん違う。ひたすら勉学にいそしむ者、還俗して唐の女と結婚し子をもうける者、出奔して托鉢僧となり各地をさまよう者、それぞれの人生模様がある。またその他に以前の遣唐使として入唐し科挙に合格し唐朝の官吏となった阿倍仲麻呂や入唐後30年あまりをひたすら写経に費やした業行の生き方も描かれている。生き方はそれぞれ興味深く深く考えさせられるところもあるので小説としてもっと劇的に描くことも可能だったはずだが、井上氏はあえて恬淡とした筆致で描いている。そこに井上氏のどのような意図があるのかは計り知れないが、そのような描き方をすることでそれぞれの留学僧の生き方について読者自身が自らの視点で思いを馳せることが出来るのではないかと思う。
遣唐使船は1隻に120人〜150人ほど乗船したそうである。多いときは600人ほどで編成されたようだ。当時の航海技術からして無事に唐へ着ける保証など何もなく、ましてふたたび日本の地を踏めるかどうかを考えたとき極めて危ういと言わざるを得ない。しかしそれでも20回にわたり遣唐使は編成されたのであり、遣唐使船に乗船し唐を目指したそれぞれの人について数奇な運命の巡り合わせがあったはずである。阿倍仲麻呂のように帰国を願いながらもかなわず唐で生涯を終えた者もいれば、入唐すら果たせず海の藻屑と消えた者もいる。そのような中で運にも才能にも恵まれ後世に名を残した山上憶良、吉備真備、最澄、空海などもいる。歴史とは「才能の屍の積み重ね」なのだと改めて想う。
遣唐使船は1隻に120人〜150人ほど乗船したそうである。多いときは600人ほどで編成されたようだ。当時の航海技術からして無事に唐へ着ける保証など何もなく、ましてふたたび日本の地を踏めるかどうかを考えたとき極めて危ういと言わざるを得ない。しかしそれでも20回にわたり遣唐使は編成されたのであり、遣唐使船に乗船し唐を目指したそれぞれの人について数奇な運命の巡り合わせがあったはずである。阿倍仲麻呂のように帰国を願いながらもかなわず唐で生涯を終えた者もいれば、入唐すら果たせず海の藻屑と消えた者もいる。そのような中で運にも才能にも恵まれ後世に名を残した山上憶良、吉備真備、最澄、空海などもいる。歴史とは「才能の屍の積み重ね」なのだと改めて想う。
平安時代の留学僧たち
平安時代、文化的に先を行っていた唐を訪問する遣唐使と共に、若い留学僧もまた仏教を学びに随行していった。
物語は、仏教の戒律を日本に伝えた唐でも高名な鑑真(がんじん)を招来することになった第九回の遣唐使で中国に渡った2人の留学僧、普照(ふしょう)と栄叡(ようえい)を中心に進んでいく。
彼ら二人と一緒に唐に渡った留学僧の戒融(かいゆう)や、玄朗(げんろう)。
過去に唐に渡っていた日本僧、業行(ぎょうこう)なども登場する。
やはり当時の航海技術では、日本と中国の間でも、航海はいちかばちかのところがあった。
4隻の船で出帆しても、中国へたどり着くのは一隻だけだったり、あるいは一隻もたどりつけなかったり。
留学僧が何年もかけて学んだことや、集めたものが、それこそ命がけの航海で自分の生命と共に海の藻屑となってしまうのが、なんともせつない。
想像するだけでなんとも不安な気持ちになってくる。
急に、自分の人生で何か世の中に爪跡を残せてるんだろうかという気持にもなってくる。
何度も渡日を果たそうとして努力する普照や栄叡や鑑真とその弟子たちもすさまじいが、何十年も背中を丸め写本を続けた業行の姿がやけに印象に残った。
物語は、仏教の戒律を日本に伝えた唐でも高名な鑑真(がんじん)を招来することになった第九回の遣唐使で中国に渡った2人の留学僧、普照(ふしょう)と栄叡(ようえい)を中心に進んでいく。
彼ら二人と一緒に唐に渡った留学僧の戒融(かいゆう)や、玄朗(げんろう)。
過去に唐に渡っていた日本僧、業行(ぎょうこう)なども登場する。
やはり当時の航海技術では、日本と中国の間でも、航海はいちかばちかのところがあった。
4隻の船で出帆しても、中国へたどり着くのは一隻だけだったり、あるいは一隻もたどりつけなかったり。
留学僧が何年もかけて学んだことや、集めたものが、それこそ命がけの航海で自分の生命と共に海の藻屑となってしまうのが、なんともせつない。
想像するだけでなんとも不安な気持ちになってくる。
急に、自分の人生で何か世の中に爪跡を残せてるんだろうかという気持にもなってくる。
何度も渡日を果たそうとして努力する普照や栄叡や鑑真とその弟子たちもすさまじいが、何十年も背中を丸め写本を続けた業行の姿がやけに印象に残った。
日本僧の目から見られた鑒真とその時代
鑒真和上(普通に漢字変換すると「鑑真」の字になってしまうが)の来日については、歴史の教科書に載っていたことをうろ覚えしていた程度だったのだが、奈良・唐時代の政治的状況、渡航の困難さ等が迫真のタッチで描かれていて、驚かされもし、感動もさせられた。
鑒真自身の立場からではなく、遣唐使に随行し、最終的に和上に付き添って帰郷する日本の僧侶普照の視点から描かれているところが、この小説の狙い目だろう。普照だけでなく、彼と共に唐に渡り、鑒真和上招来に最も尽力した栄叡の途中での病死、ひたすら写経に打ち込む業行など、日本人から見られた話であり、そうであるからこそのテーマ性だ。
玄宗皇帝と楊貴妃、東大寺大仏の開眼など、そうか、それも同時代だったのかという興味もあった。
ところで、最後に出てくるタイトルの「甍」の送り主が誰なのかは謎のまま残されるが、ちょっと気になるところではある。
鑒真自身の立場からではなく、遣唐使に随行し、最終的に和上に付き添って帰郷する日本の僧侶普照の視点から描かれているところが、この小説の狙い目だろう。普照だけでなく、彼と共に唐に渡り、鑒真和上招来に最も尽力した栄叡の途中での病死、ひたすら写経に打ち込む業行など、日本人から見られた話であり、そうであるからこそのテーマ性だ。
玄宗皇帝と楊貴妃、東大寺大仏の開眼など、そうか、それも同時代だったのかという興味もあった。
ところで、最後に出てくるタイトルの「甍」の送り主が誰なのかは謎のまま残されるが、ちょっと気になるところではある。

鑑真は、日本に来る決意をしてから実に20年もの間、行く手を阻まれます。
今なら数時間で行ける場所ですが、奈良時代、日本と中国は其れほどまでに遠い場所でした。
日本から、決死の覚悟で次々と遣唐使として才能を認められた若者が送られてきます。
そして彼らが、日本に中国文明と仏教を伝えてゆきます。
この物語は、そういった時代に、戒師(出家を望むものに戒を授ける僧で当然、それなりの名僧)を日本に連れてくることを目的として中国にわたった遣唐使達を描いています。
鑑真は、中国全土で尊敬される名僧です。
何度も日本への航海が失敗し、遂には失明してしまい、従者のほうが諦めていたにも関わらず、遂に鑑真は日本にやってきます。
その時、一緒に戻ってきた遣唐使は、たった一人でした。
著者は、鑑真の心のうちを客観的な行動や振る舞いでもって描写しています。
その姿は余りに尊く神々しく感じられます。
今は経済活動に結ばれている日中関係ですが、両国の血が通った絆を両国とも思い起こして欲しいと願うばかりです。