しろばんば (新潮文庫)のレビュー
よくわかりませんでした…正直な感想です
子どもの頃からタイトルだけは知っていた『しろばんば』、この年齢で初めて読みました。
洪作の年代は私の昭和30〜40年代にかけての頃で、今と比べたらずっと素朴な時代でした。
けれども、私が両親のもとで育ったためでしょうか、おぬい婆さんと暮らす洪作の心情には
なかなか感情移入できませんでした。
昔は、なんだかんだあるたびに必ずといっていいほど、近所の人がざわざわと集まってきて
いたのですね。
私の子どもの頃にはすでにこのようなことはなかったので、今読むと、近所の人間の目が
煩わしい感じがしますが、たくさんの大人の目や地域の目の中で育つほうが子どもには良いと
いわれる、核家族社会の現代です。
大人の目が届きすぎたり余計な話を吹き込まれたりだった洪作は、今の社会をどのように見る
のでしょうね。
洪作の年代は私の昭和30〜40年代にかけての頃で、今と比べたらずっと素朴な時代でした。
けれども、私が両親のもとで育ったためでしょうか、おぬい婆さんと暮らす洪作の心情には
なかなか感情移入できませんでした。
昔は、なんだかんだあるたびに必ずといっていいほど、近所の人がざわざわと集まってきて
いたのですね。
私の子どもの頃にはすでにこのようなことはなかったので、今読むと、近所の人間の目が
煩わしい感じがしますが、たくさんの大人の目や地域の目の中で育つほうが子どもには良いと
いわれる、核家族社会の現代です。
大人の目が届きすぎたり余計な話を吹き込まれたりだった洪作は、今の社会をどのように見る
のでしょうね。
世界はこうやってひろがってゆく
田舎町に住む少年の1年生から6年生まで自分の心の変化。周りの環境を細かく描きっきた作品。
淡々としたストーリーでこの作品は進んでいる。
最初は退屈に感じたが徐々に本を読むスピードが上がっていってしまう。
まるで人生のよう。
はかない人生を感じた時、読み返して踏ん張っていきたい。
淡々としたストーリーでこの作品は進んでいる。
最初は退屈に感じたが徐々に本を読むスピードが上がっていってしまう。
まるで人生のよう。
はかない人生を感じた時、読み返して踏ん張っていきたい。
ともかく読んでから
ストーリーは、ということになると、そんなものは言うほどないし、それほどころか大きな事件すら起こるわけでは
ないし、昔の話だし、田舎の話だし、出てくるのはほとんどばばあと子供だし、文章に特にきらめくものがあるわけ
でもないし、文学的に深みにあるものではないし、著者の代表作としてこれを挙げるのも井上さんにかわいそうな気
がするし。
なのに、いい。
だから、いい。のかもしれない。
刺激を求める人には勧めなくてもいいかもしれない。
これを読んでいるからと言って、「センスがいい」ということには絶対ならないだろう。
が、読んでいないあなた、読んでから話をしましょう。
ないし、昔の話だし、田舎の話だし、出てくるのはほとんどばばあと子供だし、文章に特にきらめくものがあるわけ
でもないし、文学的に深みにあるものではないし、著者の代表作としてこれを挙げるのも井上さんにかわいそうな気
がするし。
なのに、いい。
だから、いい。のかもしれない。
刺激を求める人には勧めなくてもいいかもしれない。
これを読んでいるからと言って、「センスがいい」ということには絶対ならないだろう。
が、読んでいないあなた、読んでから話をしましょう。
おぬい婆さん達に、会いに行きたくなる
「しろばんば」は井上靖氏の代表的な作品。私は子供の頃初めて読んで以来、もう何度となく読み返してきた。
「小説を読む」というより、おぬい婆さんやさき子、蘭子といった小説の中の人たちに、
「会いに行く」という感覚のほうが強い。
井上靖氏の作品は、どれも人物の会話に個性とユーモアがあって、生きているような生活感や情緒がある。
人の匂いや温もりに、小説の中の人物であることも忘れて懐かしさを感じてしまう。
主人公・洪作の家族の間には、色々な「大人の事情」があり、その関係も少々ギクシャク。
育ての親のおぬい婆さんと、実の母や叔母のさき子は互いに悪口を言い合って、
幼い洪作を右往左往させることもしばしばだった。
が、彼らは互いにその「いがみ相手」がいなくなった後は、決して悪口を言わない。
「母が、亡くなったおぬい婆さんの悪口を言わず、洪作は嬉しくなった」
というシーンには、読んでいるこちらも一緒に嬉しくなってしまう。
知らない間に洪作と同じぐらいおぬい婆さんに愛情を感じていたことに気づかされ、
また、母にもおぬい婆さんに対する感謝と、潜在的な愛情があることにホッとするのだ。
洪作は成長するに従い「世の中には憂きことが多い」と気づきはじめるが、決して退廃するわけでもない。
それは、根底にある人間の愛情を、彼が感じてきたからではないだろうか。
この小説の最大の良さは、人に対して温かく、ポジティブであるという点。
井上靖氏の文体は飾りなくシンプルだが、それゆえ、淡く広がるような感動を与えてくれる。
「小説を読む」というより、おぬい婆さんやさき子、蘭子といった小説の中の人たちに、
「会いに行く」という感覚のほうが強い。
井上靖氏の作品は、どれも人物の会話に個性とユーモアがあって、生きているような生活感や情緒がある。
人の匂いや温もりに、小説の中の人物であることも忘れて懐かしさを感じてしまう。
主人公・洪作の家族の間には、色々な「大人の事情」があり、その関係も少々ギクシャク。
育ての親のおぬい婆さんと、実の母や叔母のさき子は互いに悪口を言い合って、
幼い洪作を右往左往させることもしばしばだった。
が、彼らは互いにその「いがみ相手」がいなくなった後は、決して悪口を言わない。
「母が、亡くなったおぬい婆さんの悪口を言わず、洪作は嬉しくなった」
というシーンには、読んでいるこちらも一緒に嬉しくなってしまう。
知らない間に洪作と同じぐらいおぬい婆さんに愛情を感じていたことに気づかされ、
また、母にもおぬい婆さんに対する感謝と、潜在的な愛情があることにホッとするのだ。
洪作は成長するに従い「世の中には憂きことが多い」と気づきはじめるが、決して退廃するわけでもない。
それは、根底にある人間の愛情を、彼が感じてきたからではないだろうか。
この小説の最大の良さは、人に対して温かく、ポジティブであるという点。
井上靖氏の文体は飾りなくシンプルだが、それゆえ、淡く広がるような感動を与えてくれる。

ろくに読まずにほったらかしていた。何年かして結構本を読むほうだった母が読み「いままで読んだ本で一番おもしろかった」と言っていた。
そのとき買った本ではないけれどもまた読む機会があった。色々な発見があった。自分が中学のころは最初の20ページぐらいしか読んでいなかったこと、少年がなぜおばあさんと住んでいたか、教科書の題材となった場面はずいぶん後半だったこと。などなど。
教科書の題材に選んだ人、国語教師、母。みなの想いがよくわかりました。一番おもしろい本とは断言できませんがおそらく一番よく出来た話じゃないかと思った。教科書の題材となった場面は確かにこの本の中でももっとも美しい場面だった。少年期にこの本を読めば必ず何らかの成果があっただろう。また知らない世界や時代をここまで精緻に描いた作品はいままで知らない。
前半は本当に少年は子供だった。感情は「遊びたい」「怖い」「恥ずかしい」ぐらいしか持っていない感じ。あまりによく描かれていて「子供うざい・・・。」と思ってしまう。後半になるにつれて少年もさまざまな感情を手に入れていく。回りも生活も変わっていく。
さっき著者をウィキペディアで調べてみたら3部作の1作目らしい。読まなければ。
もうひとつウィキペディアで見たのだけれども著者は膨大な著書を遺している。大げさだけれどもこれから一生涯をかけた勝負になるかも。楽しみだ。